2025年11月3日、暗号資産市場は規制体制の再編と企業戦略の転換という二つの大きな潮流が交錯する一日となりました。
欧州委員会1が仮想通貨・証券取引所を一元監督する統一機関の設立を検討していることが報じられ、米国SEC2をモデルとした欧州版規制体制の構築が本格化しつつあります。
企業戦略では、コインベース3が英国フィンテック企業4「BVNK」を20億ドル規模で買収検討との報道があり、ステーブルコイン事業の拡大を加速させる動きが明らかになりました。
一方、キャシー・ウッド氏率いるアーク・インベスト(ARK Invest)5の暗号資産関連投資額が21億5000万ドルを突破し、機関投資家の参入が継続しています。
市場に暗い影を落としているのがFTX債権者問題6です。
債権者代表が、破綻時の現金相当額での弁済により実質回収率が9〜46%にとどまるとの試算を示し、ビットコインなど暗号資産価格の上昇分を受け取れない不条理が浮き彫りになりました。
価格面では、ビットコインが11月の高値11万1000ドルを記録したものの、大口投資家による売り圧力が強まっており、弱気相場への懸念が残る状況です。
実現時価総額が80億ドル増加したにもかかわらず、ETFやマイクロストラテジーからの資金流入は停滞しており、回復の持続性に疑問が投げかけられています。
ステーブルコイン市場では、アルゼンチン・ペソ建てステーブルコイン「wARS」の発行や、円建てステーブルコインの「オンチェーン・キャリートレード」活用など、新たな展開が見られます。
本稿では、これらの動きを詳細に解説します。
欧州の規制革命 ── 統一監督機関設立へ、米SECモデルで仮想通貨・証券を一元管理
欧州が暗号資産規制体制の抜本的な改革に乗り出しています。
欧州委員会は、仮想通貨取引所と証券取引所を一元的に監督する統一機関の設立を検討しており、米国証券取引委員会(SEC)をモデルとした欧州版規制体制の構築を目指しています。
現在、欧州の金融規制は各国の当局が個別に対応する分散型の体制となっています。
この仕組みでは、国ごとに規制の厳格さが異なり、規制の緩い国に事業者が集中する「規制アービトラージ」が発生しやすいという問題があります。
統一監督機関を設立することで、欧州全体で一貫した規制を適用し、公平な競争環境を整備する狙いがあります。
具体的には、欧州証券市場監督局(ESMA)の権限を大幅に拡大し、暗号資産取引所の監督権限を付与する案が検討されています。
ESMAは現在、各国の規制当局を調整する役割を担っていますが、直接的な監督権限は限定的です。今回の改革により、ESMAが米国SECと同様の強力な監督権限を持つ機関へと変貌する可能性があります。
この動きの背景には、欧州のスタートアップ育成と資本市場の競争力強化という課題があります。
欧州は米国や中国に比べて、スタートアップ企業への資金供給が不足しており、有望な企業が米国市場に流出する傾向があります。
統一された規制体制を整備することで、欧州域内での資金調達を容易にし、スタートアップの成長を支援する環境を整えようとしています。
暗号資産業界からは、統一監督機関の設立について賛否両論があります。
賛成派は、規制の透明性と予測可能性が向上することを評価しています。各国ごとに異なる規制に対応する負担が軽減され、欧州全体で事業を展開しやすくなるというメリットがあります。
一方、懸念を示す声もあります。統一監督機関が過度に厳格な規制を課せば、イノベーションが阻害される可能性があります。
また、中央集権的な規制体制が、分散型技術の理念と矛盾するとの指摘もあります。
暗号資産の本質は、中央集権的な管理を排除することにあるため、強力な規制機関の存在が業界の発展を妨げるとの懸念です。
欧州委員会は今後、具体的な制度設計と法案の策定を進める見通しです。実際の導入には数年かかると予想されますが、2026〜2027年には骨格が固まる可能性があります。
米国SECをモデルとすることで、グローバルな規制調和も視野に入れているとみられます。
コインベースの戦略的M&A ── BVNK買収でステーブルコイン事業を強化
米国最大の暗号資産取引所コインベースが、英国のフィンテック企業BVNKを約20億ドル規模で買収する検討に入ったことが報じられました。
この買収は、コインベースがステーブルコイン事業を戦略的に拡大する動きの一環です。
BVNKは、企業向けのステーブルコイン決済ソリューションを提供する企業であり、欧州市場で強固な顧客基盤を持っています。
コインベースがBVNKを買収すれば、欧州市場でのステーブルコイン決済インフラを一気に拡充できます。
コインベースにとって、ステーブルコインは極めて重要な収益源となっています。2025年第3四半期の決算では、ステーブルコイン収益が全体の約20%を占めたことが明らかになっており、取引手数料に次ぐ収益の柱となっています。
ステーブルコインは価格変動が少なく、決済や送金に適しているため、実用性が高く、利用者が増加しています。
コインベースは独自のステーブルコインUSDC(サークル社と共同発行)を展開していますが、BVNKを買収することで、企業向けの決済ソリューションを強化できます。
BVNKは、企業が従業員への給与支払いや取引先への送金をステーブルコインで行うためのインフラとAPIを提供しており、コインベースの既存サービスと相乗効果が期待されます。
20億ドルという買収額は、コインベースにとって過去最大級のM&Aとなります。
同社はこれまで比較的小規模な買収を繰り返してきましたが、今回の案件は戦略的な大型買収であり、ステーブルコイン事業への強い意欲を示しています。
買収が実現すれば、欧州でのコインベースの存在感が大きく向上します。欧州は規制環境が整備されつつあり、ステーブルコイン市場の成長が期待される地域です。
BVNKの技術とネットワークを活用することで、欧州企業へのサービス展開を加速できます。
一方、キャシー・ウッド氏率いるアーク・インベストは、暗号資産への投資を再び拡大しました。
同社の暗号資産関連投資額は21億5000万ドルを突破し、暗号資産取引所ブリッシュ(Bullish)の株式保有量を増やしています。
アークは長年、暗号資産に強気の姿勢を示しており、市場調整局面でも買い増しを継続する戦略を取っています。
FTX債権者の悲劇 ── 実質回収率9〜46%、暗号資産上昇の恩恵を受けられず
破綻した暗号資産取引所FTXの債権者が直面する不条理が改めて注目されています。
債権者代表は、破綻時の現金相当額で弁済されるため、ビットコインなど暗号資産価格の上昇分を受け取れず、実質回収率は9〜46%にとどまるとの試算を示しました。
FTXは2022年11月に破綻しましたが、その後ビットコインは大幅に値上がりしました。
破綻時に約1万6000ドルだったビットコイン価格は、現在11万ドル台に達しており、約7倍に上昇しています。
もしFTXが破綻せず、債権者がビットコインを保有し続けていれば、大きな利益を得られたはずです。
しかし、破産手続きでは破綻時の価格で債権額が確定されるため、債権者はその後の価格上昇分を受け取ることができません。
名目上の回収率が100%を超えるとされていても、現在の暗号資産価格で調整すると実質回収率は大幅に低下します。
債権者代表のサニル氏は、ビットコイン、イーサリアム、ソラナの現在価格で計算すると、実質回収率は9〜46%程度になると指摘しています。
この試算は、債権者が本来得られたはずの価値と、実際に受け取る金額との差を示しています。
この問題は、破産法の枠組みと暗号資産の特性の不整合を浮き彫りにしています。
従来の破産手続きは、法定通貨建ての資産を前提としており、価格変動の大きい暗号資産を適切に扱う仕組みがありません。
債権者は、暗号資産そのものでの弁済を求めていますが、法的にはドル建てでの弁済が原則とされています。
FTXのケースは、暗号資産業界における破産手続きの在り方について、重要な問題提起をしています。今後、同様のケースが発生した場合、暗号資産そのもので弁済する仕組みを検討する必要があるでしょう。
ステーブルコイン市場の多様化 ── ペソ建てwARS発行、円建ては「キャリートレード」に活用
ステーブルコイン市場が地域通貨建ての多様化を見せています。
ラテンアメリカの暗号資産取引所リピオ(Ripio)は、アルゼンチン・ペソ建てステーブルコインwARSを発行しました。
リピオは2500万人超のユーザーを抱える地域最大級の取引所であり、wARSはラテンアメリカでの決済利用を想定しています。
アルゼンチンは長年、高インフレと通貨不安に悩まされており、国民は自国通貨を信頼していません。
ペソ建てステーブルコインは、法定通貨としてのペソの利便性を保ちながら、ブロックチェーン技術による透明性と効率性を提供します。
一方、円建てステーブルコインの真の活用法についての分析も注目されています。
円建てステーブルコインは、単なる決済手段にとどまらず、「オンチェーン・キャリートレード」という新たな金融戦略に活用できるとされています。
キャリートレードとは、低金利通貨で資金を調達し、高金利通貨で運用することで利ザヤを稼ぐ手法です。日本円は世界でも最低水準の金利であり、円建てステーブルコインを活用すれば、DeFiでの高利回り運用が可能になります。
これは、伝統的なキャリートレードをブロックチェーン上で実現するものであり、DeFiの新たな資金源となる可能性があります。
円建てステーブルコインは、韓国ウォンや台湾ドルと異なり、資本規制がなく自由に流通するという特徴があります。
このため、国際的なDeFi市場での活用が容易であり、キャリートレードの対象として適しています。
国内では、JPYCの買い方・使い方を解説する記事も公開され、実用化に向けた情報提供が進んでいます。
JPYCは資金移動業ライセンスを取得し、日本初の円建てステーブルコインとして注目されています。
市場分析 ── BTC11万1000ドル到達も弱気懸念、資金流入80億ドルもETFは停滞
ビットコイン価格は11月の高値11万1000ドルを記録しましたが、市場では弱気相場への懸念が依然として残っています。
週末に上昇したビットコイン価格について、トレーダーは持続性を疑問視しており、大口投資家による売り圧力が週明けにかけて再び強まっています。
暗号資産分析企業クリプトクオントによると、実現時価総額が80億ドル増加したにもかかわらず、ビットコインの回復はETFやマイクロストラテジーによる継続的な資金流入を欠いており、これらが主な需要の原動力として作用していません。
実現時価総額とは、各ビットコインが最後に移動した時点の価格を基に計算した時価総額であり、市場への実質的な資金流入を示す指標です。
80億ドルという大規模な資金流入があったにもかかわらず、ETFからの資金流入が停滞していることは、機関投資家の慎重姿勢を示しています。
これまでビットコイン価格を押し上げてきた主要な買い手が動いていないため、価格上昇の持続性に疑問が投げかけられています。
一方、11月はビットコインにとって「強い月」なのかという歴史的データの分析も示されています。
過去のデータを見ると、11月は2013年の驚異的な高騰によって平均値が大きく歪められており、典型的な11月の値動きは控えめとされています。
このため、11月だから必ず上昇するという保証はないとの指摘があります。
市場のセンチメントは慎重と楽観が混在している状況です。短期的には調整の可能性がある一方、長期的には国家備蓄や企業の採用が進んでおり、構造的な需要は堅調との見方もあります。
DeFi・プロジェクト動向とその他のトピックス
Suiブロックチェーン最大の分散型取引所Momentumが、11月上旬にトークン生成イベント(TGE)を予定しています。
Momentumは累積取引量250億ドル超、210万人のユーザーを獲得しており、Suiエコシステムの基盤として成長しています。
投票型ガバナンスで投票者自身が報酬配分を決定し、プールの手数料を得る仕組みで流動性の安定化を目指しています。
プライバシー重視の暗号資産Zcashは、2025年10〜12月期のロードマップを発表し、プライバシー機能を大幅強化する計画を示しました。
スワップ毎の使い捨てアドレスなどを導入し、匿名性をさらに高めます。
オイルマネーを持つ富裕層が、資産運用会社やプライベートバンクに対して暗号資産への対応を求める圧力を強めているとの調査結果も報じられました。
ドバイやスイスを拠点とする富裕層が、伝統的な資産運用に満足せず、暗号資産への投資機会を要求しています。
イーロン・マスク氏は、自身のソーシャルメディア企業Xが開発中のXChatのP2P暗号化システムがビットコインに類似していると述べました。
数カ月以内に独立したメッセージングアプリとしてローンチする計画です。
おわりに
2025年11月3日は、規制体制の再編と企業戦略の転換が同時進行する転換点となりました。
欧州の統一監督機関設立構想は、米国SECモデルを採用することでグローバルな規制調和を目指す野心的な取り組みです。
コインベースの20億ドル買収検討は、ステーブルコイン事業が次の成長エンジンであることを明確に示しました。
FTX債権者問題は、暗号資産と伝統的な破産法制度の不整合という根本的な課題を浮き彫りにしました。
実質回収率9〜46%という数字は、法的枠組みの整備が急務であることを示しています。
市場では、80億ドルの資金流入にもかかわらずETFからの流入が停滞し、回復の持続性に疑問が呈されています。
しかし、ステーブルコイン市場の多様化やDeFiの成長など、実用化は着実に進展しています。
ペソ建てステーブルコインwARSの発行や、円建てステーブルコインのキャリートレード活用は、地域通貨とブロックチェーン技術の融合という新たな可能性を示しています。
オイルマネーの富裕層が暗号資産への対応を求める動きは、伝統的金融機関にとって無視できない圧力となっています。
欧州の規制改革、企業のM&A戦略、そしてステーブルコイン市場の多様化 ── これらすべてが、暗号資産市場が制度化と実用化の両面で成熟しつつあることを示しています。短期的な価格変動への懸念は残るものの、長期的な構造変化は着実に進行しており、2026年に向けた基盤が形成されつつあります。
- 欧州委員会(European Commission)
欧州委員会は、EU(欧州連合)の行政機関であり、日本でいう「内閣」に相当する組織です。EU全体の法律や規制を提案する唯一の権限を持ち、加盟国がEUのルールを守っているかを監視し、予算執行や政策の実施を担当します。本部はベルギーのブリュッセルにあり、委員長と各加盟国から1名ずつ選ばれた計27名の委員で構成されています。
↩︎ - SEC(Securities and Exchange Commission)
SECは米国証券取引委員会であり、アメリカの金融市場を監督する政府機関です。日本でいう「金融庁」に近い役割を担っています。株式市場や証券取引所を監督し、投資家を保護するために企業の不正行為を取り締まり、証券関連法規の執行を行います。1934年に設立され、本部はワシントンD.C.にあり、5名の委員(大統領が指名、上院が承認)で構成され、委員長が代表を務めます。暗号資産分野では、SECはビットコインやイーサリアムなどが証券に該当するかを判断し、暗号資産取引所やICO(新規コイン公開)を規制する権限を持っています。現在のSECは暗号資産業界に対して厳しい姿勢を取っており、多くの企業が規制違反で訴訟を受けています。
↩︎ - コインベース(Coinbase)
コインベースは米国最大の暗号資産取引所であり、2012年に設立されました。ビットコインやイーサリアムなど数百種類の暗号資産を売買できるプラットフォームを提供しており、世界中で1億人以上のユーザーを抱えています。2021年にナスダック市場に上場した初の大手暗号資産取引所として知られ、上場企業として透明性の高い経営を行っています。コインベースの主な事業は、個人向けの取引サービスに加えて、機関投資家向けの取引プラットフォーム「Coinbase Prime」や、企業向けのウォレットサービスを提供しています。また、ステーブルコインUSDCをサークル社と共同発行しており、ステーブルコイン事業が全体収益の約20%を占める重要な収益源となっています。
↩︎ - フィンテック企業
フィンテック企業は、ITやデジタル技術を活用して金融サービスを提供する企業のことです。フィンテック(FinTech)は「Finance(金融)」と「Technology(技術)」を組み合わせた造語で、従来の銀行や金融機関とは異なり、スマートフォンアプリやウェブプラットフォームを通じて、より便利で低コストな金融サービスを提供します。フィンテック企業が扱う分野は多岐にわたります。決済・送金サービス(PayPal、PayPay、Stripe)、融資・クレジット(後払いサービスなど)、資産運用・投資(Robinhood、ウェルスナビ)、暗号資産取引(Coinbase、Binance)、保険、家計管理アプリなどがあります。店舗を持たずデジタルで完結するため、24時間365日利用可能で手数料も安いのが特徴です。
↩︎ - アーク・インベスト(ARK Invest)
アーク・インベストは、破壊的イノベーション(革新的技術)に特化した米国の資産運用会社です。2014年にキャシー・ウッド氏によって設立され、AI、電気自動車、遺伝子治療、フィンテック、ブロックチェーンなど、将来性の高い先端技術分野に積極的に投資することで知られています。
キャシー・ウッド氏は「ウォール街の女王」とも呼ばれる著名な投資家で、長期的な視点で革新的企業に投資する戦略を取っています。アークの代表的なファンドにはARKK(ARK Innovation ETF)があり、テスラ、コインベース、ズーム、ロビンフッドなど成長企業に投資しています。暗号資産分野にも強気の姿勢を示しており、ビットコインやイーサリアムが将来的に大きく価値を高めると予測しています。
↩︎ - FTX債権者問題
FTX債権者問題は、2022年11月に破綻した大手暗号資産取引所FTXの債権者が直面している不条理な状況を指します。FTXは顧客の資金を不正流用したことで破綻し、多くの利用者が資産を失いました。現在、破産手続きを通じて債権者への弁済が進められていますが、大きな問題が生じています。この問題は、従来の破産法が暗号資産のような価格変動の大きい資産を想定していないことから生じています。債権者は暗号資産そのもので弁済を受けたいと主張していますが、法的には法定通貨建てでの弁済が原則となっており、法制度の不備が浮き彫りになっています。
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